なぜ「800万円」という目安が語られるのか。数字の出どころを確かめる
この記事の検証
会社設立の目安として語られる数字が、なぜその数字なのかを確かめる記事です。根拠が分かれば、自分に当てはまるかも判断できます。
よく見るのは800万円、900万円、1000万円の三つです。いずれも制度上の区分の境目に由来しますが、それぞれ別の制度の話をしています。
そして、これらの目安は独立した個人事業主を前提としていることが多く、会社員にはそのまま当てはまりません。その理由も含めて整理します。個別の判断は税理士にご相談ください。
三つの数字は別の制度の話をしている

会社設立の目安として、よく次の三つの数字が挙げられます。まず、それぞれが何の話なのかを確認します。
| 数字 | 何の金額か | 由来する制度 |
|---|---|---|
| 800万円 | 法人の所得金額 | 法人税の税率が区分される境目 |
| 900万円 | 個人の課税所得 | 所得税の税率が区分される境目 |
| 1000万円 | 課税売上高 | 消費税の納税義務が生じる基準 |
※ いずれも制度上の区分の境目に由来する数字です。「ここを超えたら会社設立をすべき」という基準ではありません。
三つとも、別の制度の話をしています。800万円は法人税、900万円は所得税、1000万円は消費税。節税の観点もそれぞれ違います。
したがって、一つの数字だけを見て会社設立を判断すると、他の要素を落とすことになります。「800万円を超えたから設立」という判断は、法人税の話だけを見ていることになります。
また、これらの数字には共通の前提があります。独立して事業を行っている個人事業主が法人化する場合を想定していることが多いのです。
会社員の場合、本業の給与所得がすでにあります。副業の所得はその上に積み上がりますので、同じ利益額でも乗る税率が違います。
この記事では、三つの数字がなぜ出てくるのかを順に確かめ、会社員に当てはまるかを検証します。
サラリーマンが会社設立を検討するとき、目安の数字を覚えるより、その根拠を理解するほうが実用的です。根拠が分かれば、自分の状況に置き換えられます。
節税の目安として語られる数字ですが、それぞれ根拠が違います。
出典No.5759 法人税の税率 (国税庁/2026年8月22日確認)
なぜ800万円が出てくるのか

最初の800万円について確かめます。これは法人の所得金額の話です。
法人税は、資本金1億円以下の普通法人について、年800万円以下の所得金額の部分と、それを超える部分とで税率が分かれています。年800万円以下の部分には軽減された税率が適用されます。
この区分があるために、法人の所得が800万円を超えると、超えた部分には高い税率がかかることになります。ここが一つの境目として意識されています。
では、なぜこれが会社設立の目安になるのか。個人の所得税の税率と比べたとき、この区分より下では法人のほうが有利になりやすいためです。
個人事業主の所得が増えていくと、所得税の累進によって税率が上がります。ある水準を超えると、法人税の税率のほうが低くなります。その水準として800万円という数字が語られます。
ただし、これは法人税の話だけを見た比較です。実際には法人住民税や法人事業税もかかりますし、法人には赤字でもかかる均等割があります。
総務省の資料で標準税率を確認すると、均等割は資本金等の額が1千万円以下で従業者数が50人以下の場合、年7万円です。これに税理士費用が加わります。
税率の比較だけでは、会社設立が有利かどうかは決まりません。固定費を差し引いた残りで判断する必要があります。
会社員の場合、さらに社会保険の重なりが加わります。800万円という数字を、そのまま自分の判断基準にしないでください。
サラリーマンが副業で会社設立を考える場合、法人に移せる所得がこの水準に届くかどうかがまず問われます。
法人税の税率が低いことが節税の根拠として挙げられますが、固定費を含めないと結論が変わります。
出典No.5759 法人税の税率 (国税庁/2026年8月22日確認)
なぜ900万円が出てくるのか

次の900万円について確かめます。これは個人の課税所得の話です。
所得税は、課税所得の金額に応じて段階的に税率が定められています。国税庁のページで確認すると、課税所得が一定の金額を超えるところで税率が上がる仕組みです。
900万円という数字は、この段階が変わる境目の一つとして語られています。ここを超えると税率が上がり、法人税との差が開くという文脈です。
重要なのは、これが「課税所得」の話だということです。給与収入や売上高ではありません。各種控除を引いたあとの金額です。
この点を誤解すると、判断が大きくずれます。給与収入が900万円でも、給与所得控除や社会保険料控除、基礎控除などを引けば、課税所得はもっと低くなります。
会社員の場合、この課税所得は源泉徴収票から計算できます。「給与所得控除後の金額」から「所得控除の額の合計額」を引いた金額です。
そして、副業の所得はこの課税所得に上乗せされます。したがって、副業の所得に適用される税率は、いまの税率帯かその一つ上ということになります。
この構造を理解していれば、900万円という数字が自分にどう関係するかが分かります。すでに超えているなら、副業の所得には高い税率が乗っていることになります。
サラリーマンが会社設立を検討するとき、まずご自身の課税所得を確認してください。源泉徴収票を見るだけで判定できます。
課税所得が高いほど、副業の所得を法人に移す節税の効果が大きくなります。
会社設立の判断は、この課税所得を出発点にしてください。
出典No.2260 所得税の税率 (国税庁/2026年8月22日確認)
なぜ1000万円が出てくるのか

三つめの1000万円について確かめます。これは課税売上高の話で、他の二つとは性質が違います。
所得税や法人税は「儲けにかかる税」ですが、消費税は「売上に上乗せして預かった分を納める税」です。利益が出ていなくても、課税売上高が基準を超えれば納税義務が生じます。
この基準として1000万円という数字が定められており、会社設立の目安として語られる背景になっています。
かつては、法人を新しくつくると設立当初の一定期間は消費税の納税義務が免除される扱いがあり、これを目的に会社設立をするという話もありました。
ただし、インボイス制度が始まってからは事情が変わっています。取引先が課税事業者で仕入税額控除を受けたいと考えている場合、インボイスを発行できない事業者との取引が敬遠される可能性があるためです。
したがって、免税であることが必ずしも有利とは言えなくなっています。取引先が誰かによって判断が変わります。
個人の消費者が相手であれば免税のままで問題ないことが多く、法人が相手であればインボイスの登録を求められることがあります。
サラリーマンの副業で会社設立を考える場合、消費税だけを理由にするのは慎重に判断してください。取引の相手を確認したうえで決める必要があります。
なお、資本金を1000万円以上にすると設立当初から課税事業者になりますので、その必要がなければ1000万円未満に収めておくほうが選択肢は広がります。
消費税は節税というより、納税義務が生じるかどうかの話です。性質が違います。
会社設立の理由を消費税だけに求めるのは避けてください。
出典No.5759 法人税の税率 (国税庁/2026年8月22日確認)
なぜ会社員にはそのまま当てはまらないのか

三つの数字を確かめました。では、なぜ会社員にはそのまま当てはまらないのか。理由は三つです。
一つめが、所得が合算されることです。副業の所得は本業の給与所得と合算して課税されます。したがって、副業の利益が800万円なくても、合算すれば高い税率帯に入っていることがあります。
逆に、副業の利益が800万円あっても、法人に移した場合の効果は本業の給与水準によって変わります。利益額だけでは判断できないということです。
二つめが、給与所得控除です。国税庁のページで確認すると、給与等の収入金額が850万円を超える場合の控除額は195万円が上限です。
独立した個人事業主が法人化すると、事業所得が給与所得に変わって新たに控除が生まれます。この効果が目安の計算に含まれていることがありますが、会社員は本業ですでに使っています。
三つめが、社会保険です。日本年金機構の案内によれば、二以上事業所勤務の場合は両方の報酬を合算して標準報酬月額を決定し、按分するとされています。
独立した方が法人化する場合、国民健康保険と国民年金から健康保険と厚生年金に移ります。会社員はすでに加入していますので、負担と手続きが増えるだけという形になります。
この三つは、いずれも「土台がすでにある」ことから生じています。目安の数字は土台のない人を前提としていることが多いため、そのままは使えません。
サラリーマンが会社設立を検討するときは、この三点を差し引いて読んでください。

会社員が節税の目安を読むときは、この三点を差し引いてください。
出典No.1410 給与所得控除 (国税庁/2026年8月22日確認)
では会社員は何を見ればよいのか

目安の数字がそのまま使えないなら、会社員は何を見ればよいのか。四つ挙げます。

一つめで、副業の所得にどの税率が乗っているかが分かります。二つめで、所得の付け替えによる節税が効くかが分かります。
三つめで、役員報酬を取ったときに社会保険料が増えるかが分かります。上限に達していれば増えません。
四つめで、固定費を上回る余地があるかが分かります。均等割と税理士費用で年30万円前後が目安です。
この四つが揃えば、目安の数字に頼らずに判断できます。むしろ、目安の数字より正確です。ご自身の状況そのものだからです。
会社設立を検討している段階であれば、これらを揃えたうえで税理士に相談してください。前提が明確であれば、精度の高い試算が得られます。
サラリーマンとして本業を持ちながら、書類を揃えるだけなら短時間で済みます。源泉徴収票と給与明細は手元にあるはずです。
サラリーマンにとって、この四つは手元の書類から短時間で確認できます。目安の数字を探すより早いはずです。
この四つが揃えば、節税の効果を自分の数字で見積もれます。
出典複数の事業所に雇用されるようになったときの手続き (日本年金機構/2026年8月22日確認)
目安の数字との付き合い方

最後に、目安の数字との付き合い方を整理します。
目安の数字は、制度の区分を知るための出発点として有用です。800万円、900万円、1000万円がそれぞれ何の境目なのかを知っていれば、制度の構造が理解できます。
一方、答えとして使うのは適切ではありません。前提の組み合わせで動く数字だからです。
記事によって800万円と書かれていたり700万円と書かれていたりするのは、置いている前提が違うためです。どちらが正しいという話ではありません。
したがって、目安の数字を見たら、その前提が書かれているかを確かめてください。前提が書かれていない数字は、そのまま使わないほうが安全です。
そして、ご自身の数字に置き換えることになります。四つの数字を確認すれば、目安に頼らずに判断できます。
会社設立の判断は、最終的には固定費を上回るかどうかです。節税額から均等割・税理士費用・社会保険料の増加分を差し引いた残りで決まります。
サラリーマンとして本業がある以上、急いで結論を出す必要はありません。数字を揃えてから、落ち着いて判断してください。
判断に迷う部分は、揃えた数字を持って税理士にご相談ください。前提が明確であれば、相談も具体的になります。
節税の判断は、最終的に固定費を上回るかどうかで決まります。
会社設立の可否は、揃えた数字で判断できます。
出典No.5100 新設法人の届出書類 (国税庁/2026年8月22日確認)
まとめ

目安として語られる数字について、この記事で整理したことをまとめます。
- 800万円:法人の所得金額。法人税の税率が区分される境目に由来します
- 900万円:個人の課税所得。所得税の税率が区分される境目に由来します
- 1000万円:課税売上高。消費税の納税義務が生じる基準に由来します
- 三つとも別の制度の話です。一つだけを見て判断すると他の要素を落とします
- 会社員には所得の合算・給与所得控除の上限・社会保険の重なりという三つの理由でそのまま当てはまりません
- 代わりに、課税所得・控除の状況・保険の等級・副業の利益という四つの数字を確認してください
目安の数字は、制度の区分を知るための出発点として使ってください。答えとして使うと、判断を誤ります。
前提が書かれていない数字は、そのまま使わないほうが安全です。記事によって数字が違うのは、置いている前提が違うためです。
会社設立の判断は、最終的には固定費を上回るかどうかで決まります。ご自身の数字を揃えて、落ち着いて判断してください。
節税額から均等割と税理士費用、社会保険料の増加分を差し引いてください。
出典地方税制度|法人住民税 (総務省/2026年8月22日確認)
目安は出発点にすぎません
三つの数字は、いずれも制度上の区分の境目に由来します。根拠のある数字ではありますが、「ここを超えたら会社設立をすべき」という基準ではありません。
とくに会社員の場合、本業の給与という土台があるため、独立した個人事業主を前提とした目安はそのままは使えません。
ご自身の数字に置き換えて判断してください。判断に迷う部分は、源泉徴収票と副業の収支を持って税理士にご相談ください。
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