役員報酬をゼロにすれば伝わらないのか。会社設立で報酬を取らない選択の実際
この記事が答えること
会社設立をするけれど役員報酬は取らない、という選択について検討している方に向けた記事です。前の記事で「役員報酬を受け取れば社会保険の経路が生じる」と書きましたので、その裏返しの疑問に答えます。
結論から書くと、役員報酬をゼロにすれば社会保険の届出は生じません。ただし、それは節税の効果と引き換えになります。法人に残った利益を個人が受け取る手段が限られるためです。
この記事は、報酬をゼロにすることをすすめるものでも、否定するものでもありません。何と引き換えになるのかを整理して、判断できる材料を並べます。個別の設計は税理士にご相談ください。
役員報酬をゼロにすると、何が起きないか

まず、役員報酬をゼロにした場合に生じないことを整理します。
法人は、役員が一人であっても社会保険の適用事業所になります。ただし、報酬を支払っていなければ、その役員は被保険者になりません。報酬がなければ保険料を計算する基礎もないためです。
したがって、本業で厚生年金と健康保険に加入している会社員が、報酬ゼロで法人を持つ場合、二以上事業所勤務の届出は生じません。本業の保険関係に変化はなく、按分の手続きも発生しません。
また、報酬がなければ給与所得も生じませんので、住民税の額に影響しません。特別徴収の通知に変化が出ないということです。
- 法人で社会保険の被保険者にならない
- 二以上事業所勤務の届出が生じない
- 本業の保険料に影響しない
- 給与所得が増えないため、住民税の通知に変化が出ない
この四つが、報酬をゼロにした場合に「生じないこと」です。前の記事で説明した伝わる経路のうち、住民税と社会保険の二つが該当しなくなります。
サラリーマンが会社設立をする場合、本業ですでに社会保険に加入しています。報酬をゼロにするという選択は、その本業の保険関係をそのまま維持するという意味になります。会社員としての立場が変わらないぶん、手続きの面では軽くなります。
会社設立をした時点で法人は社会保険の適用事業所になりますので、新規適用の届出そのものは必要になります。報酬がゼロであっても、この手続きは省略できません。会社設立の直後に行う届出の一つとして押さえておいてください。
出典適用事業所と被保険者 (日本年金機構/2026年8月21日確認)
代わりに、何が起きるのか

次に、報酬をゼロにした場合に生じることを見ます。ここが判断の中心になります。
役員報酬は法人の損金になりますから、これをゼロにすれば法人の利益はその分だけ多く残ります。利益が多ければ法人税がかかります。節税という観点では、逆方向に働くということです。
そして、法人に残った利益は法人のものであって、あなたのものではありません。生活費として使うことはできません。使えば役員貸付金という扱いになり、返済が必要になります。
会社設立をして節税を図る目的が「手元の現金を増やすこと」であれば、報酬ゼロではその目的を達成できません。法人の内部に資金が積み上がるだけです。

つまり、報酬ゼロという選択は、「いま個人が受け取ること」を諦めて、「法人に蓄積すること」を選ぶという意味になります。
サラリーマンにとって、法人に資金が積み上がる状態をどう捉えるかは判断が分かれるところです。本業の給与で生活が成り立っているのであれば、法人の資金にすぐ手をつける必要はありません。逆に、副業の収入を生活の足しにしたいのであれば、報酬ゼロは選びにくくなります。
出典No.5759 法人税の税率 (国税庁/2026年8月21日確認)
法人に残した資金を、あとで受け取れるのか

では、法人に蓄積した資金を、あとから個人が受け取ることはできるのか。方法はありますが、いずれも課税を伴います。
方法その一:役員報酬として受け取る
将来、役員報酬を取る形に変えれば受け取れます。ただしその時点で、本業の給与と合算されて所得税がかかり、社会保険の被保険者になります。結局、最初から報酬を取る場合と同じ論点に戻ります。
方法その二:配当として受け取る
法人の利益を配当として分配する方法です。ただし、配当は法人税を払ったあとの利益から支払われ、受け取る側でも課税されます。法人と個人の両方で課税されるという構造になります。
方法その三:退職金として受け取る
役員を退任する際に退職金として受け取る方法です。退職所得は給与所得とは別の計算方法が用いられ、勤続年数に応じた控除もあります。ただし、在任期間が短ければ控除できる額も限られ、不相当に高額な部分は損金になりません。
三つのうち、税負担の面で有利になりやすいのは退職金ですが、相応の期間、法人を維持する必要があります。会社設立から数年でたたむ前提であれば、この方法は使いにくくなります。
会社設立から時間が経つほど、法人に蓄積される金額は大きくなります。取り出す方法を決めないまま積み上げると、あとで選択肢が狭まります。会社設立の段階で、何年後にどう受け取るかの見通しを立てておくと、設計が楽になります。
出典No.2508 給与所得となるもの (国税庁/2026年8月21日確認)
報酬ゼロが合理的になる場合

報酬ゼロという選択が合理的になるのは、どういう場合か。整理します。
第一に、法人で資金を蓄積して事業を育てる目的がある場合です。設備を導入する、在庫を持つ、人を雇う。そうした投資を予定しているなら、法人に資金を置いておくことに意味があります。
第二に、本業の給与がすでに高く、これ以上の給与所得を増やしたくない場合です。役員報酬は本業の給与と合算されますから、高い税率帯に乗ります。加えて社会保険料も増えます。それであれば法人に残すほうが有利になる場面があります。
第三に、将来の退職金として受け取る設計を立てている場合です。長期にわたって法人を維持する前提があるなら、いま報酬を取らずに蓄積し、退職時にまとめて受け取るという形はあり得ます。
逆に、いま手元の現金を増やしたいという動機で会社設立をしたのであれば、報酬ゼロは目的に合いません。
| 会社設立の目的 | 報酬ゼロが合うか | 理由 |
|---|---|---|
| 手元の現金を増やす | 合いません | 法人に残った資金は個人が使えません |
| 法人で事業を育てる | 合います | 蓄積した資金を投資に回せます |
| 本業の税率帯を上げたくない | 合う場合があります | 給与所得が増えないためです |
| 将来の退職金として受け取る | 合う場合があります | 長期の維持が前提になります |
※ 一般的な整理です。実際の判断は所得の状況と事業の計画によります。税理士にご相談ください。
会社員の場合、本業の給与収入が850万円を超えていると給与所得控除が上限に達しています。この状態で役員報酬を取っても控除は増えず、税率だけが上がることになります。サラリーマンで報酬ゼロが検討に値するのは、こうした事情によります。
出典No.5100 新設法人の届出書類 (国税庁/2026年8月21日確認)
報酬ゼロにも注意点があります

報酬ゼロという選択には、いくつか注意しておくべき点があります。
まず、法人で社会保険の被保険者にならないということは、法人の側から保障を受けられないということでもあります。本業で加入しているサラリーマンであれば本業の保障がありますので大きな問題にはなりませんが、本業を離れた場合には影響が出ます。
次に、法人としての活動実態です。役員が報酬を受け取らずに事業を行っている状態が続くと、その法人が何のために存在しているのかを説明する必要が出てくることがあります。事業の実態があり、それを説明できるのであれば問題ありませんが、実体のない法人と見られないよう記録を残しておいてください。
三つめに、報酬をゼロにしていても、法人としての申告義務は残ります。決算を組み、法人税の申告をし、法人住民税の均等割を納める。これらは報酬の有無と関係なく発生します。
総務省の資料で標準税率を確認すると、均等割は資本金等の額が1千万円以下で従業者数が50人以下の場合、都道府県民税2万円と市町村民税5万円で年7万円です。赤字でもかかります。
つまり、報酬をゼロにしても固定費は変わりません。節税額が出ていない状態で固定費だけがかかるという形にならないよう、事業の見通しを立てておいてください。
サラリーマンが副業の受け皿として会社設立をした場合、事業の規模が小さいうちは報酬を取る余力そのものがないこともあります。その場合の報酬ゼロは、選択というより結果です。無理に報酬を設定して法人を赤字にする必要はありません。
会社設立をして報酬をゼロにする場合でも、決算と法人税の申告は毎年必要です。サラリーマンが本業のかたわらで行うには負担が大きい部分ですので、税理士費用は固定費として見込んでおいてください。報酬がゼロでも、この費用は変わりません。
出典新規適用の手続き (日本年金機構/2026年8月21日確認)
隠すために報酬をゼロにするのは、順番が違います

ここで、当サイトの立場をあらためて書いておきます。
役員報酬をゼロにすれば社会保険の経路が生じない、という事実は説明しました。ただし、それを隠すための手段として使うことを、当サイトはおすすめしません。
理由は二つあります。第一に、順番が違うからです。会社設立が就業規則で認められるかどうかを確認するのが先で、報酬の設計はそのあとです。確認を飛ばして報酬をゼロにしても、就業規則に触れているという事実は変わりません。
第二に、目的が入れ替わってしまうからです。会社設立の目的が節税なのであれば、報酬をいくらに置くかは節税の観点で決めるべきです。隠すことを優先して報酬をゼロにすれば、本来得られたはずの節税を自ら手放すことになります。
会社員が法人を持つ意味は、所得の受け方を設計できるところにあります。その設計の自由度を、隠すために放棄するのは合理的ではありません。
サラリーマンとして本業を続けながら法人を運営するなら、勤務先との関係が整理されているほうが精神的にも楽です。節税の設計に集中できる状態をつくってください。
出典副業・兼業と労働条件 (厚生労働省/2026年8月21日確認)
報酬額を決めるときに見る三つの数字

報酬をゼロにするか、取るか、取るならいくらか。決めるときに見るべき数字を整理します。
- 本業の給与収入:課税所得がどの税率帯にあるか。給与所得控除が上限に達しているか
- 社会保険料:報酬を取った場合、合算した標準報酬月額でいくらになるか
- 法人の利益見込み:報酬を差し引く前の利益がいくらか
この三つが揃うと、報酬をいくらにしたときに世帯としての手取りが最大になるかを計算できます。ただし、計算は簡単ではありません。税率が段階的に変わり、社会保険料も等級で変わるためです。
加えて、役員報酬は事業年度の開始から一定期間内に決める必要があり、途中で自由に変えられません。定期同額給与などの要件を満たさなければ損金になりません。一度決めたら一年は動かせないという前提で決めることになります。
会社員の場合、本業の給与が固定されているぶん、計算の前提は立てやすい面もあります。一方で、社会保険の按分が絡むため、個人事業主が法人化する場合より複雑になります。
ここは自力で最適解を出すのが難しい部分です。設立前の段階で税理士に試算を依頼することをおすすめします。会社設立をしてから一年は変えられないのですから、最初に詰めておく価値があります。

会社設立の前に試算を済ませておけば、設立後に迷う場面が減ります。役員報酬は事業年度の開始から一定期間内に決めるものですから、会社設立の準備と並行して検討を進めるのが効率的です。
出典No.5211 役員に対する給与(平成29年4月1日以後支給決議分) (国税庁/2026年8月21日確認)
まとめ

役員報酬をゼロにする選択について、この記事で整理したことをまとめます。
- 報酬をゼロにすれば、法人で社会保険の被保険者にならず、二以上事業所勤務の届出も生じません
- 住民税にも影響しません。ただし登記の公開性は残ります
- その代わり、法人に残った利益は個人が使えません。生活費に使えば役員貸付金になります
- 取り出す方法は役員報酬・配当・退職金がありますが、いずれも課税を伴います
- 報酬ゼロが合うのは、法人で資金を蓄積する目的がある場合です
- 報酬をゼロにしても、決算・申告・均等割という固定費は変わりません
会社設立の目的が節税なのか、事業の拡大なのか。そこがはっきりすれば、報酬をゼロにするかどうかの答えも出てきます。サラリーマンとして本業がある以上、急いで結論を出す必要はありません。
そして、隠すために報酬をゼロにするのは順番が違います。就業規則の確認が先で、報酬の設計はそのあとです。確認せずに報酬をゼロにしても、規則に触れている事実は変わりません。
会社設立をして節税を図るのであれば、報酬の設計は節税の観点だけで決めてください。そのほうが、法人を持った意味が生きます。サラリーマンの場合は社会保険の按分が絡んで計算が複雑になりますので、税理士に試算を依頼したうえで判断されることをおすすめします。
出典地方税制度|法人住民税 (総務省/2026年8月21日確認)
目的から逆算してください
役員報酬をゼロにするかどうかは、会社設立の目的によって答えが変わります。法人に資金を蓄積して事業を育てるのが目的なら、報酬ゼロは合理的です。個人の手取りを増やすのが目的なら、報酬を取らなければ達成できません。
そして、隠すことを目的に報酬をゼロにするのは、順番が違います。就業規則を確認して、認められる形で進めるほうが先です。認められているなら、報酬の設計は節税の観点だけで決められます。
報酬をいくらに置くかは、本業の給与、社会保険料、法人の利益の三つが絡む計算になります。会社員の場合はとくに複雑ですので、税理士に試算を依頼したうえで決めてください。
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